渡邉雅子氏(名古屋大学)が4ヶ国物事の説明や論理構成、思考法に大差があることを書籍「論理的思考とは何か」に示した。
「論理的」とは 文化圏で異なる型 各国の作文教育を調査し、書籍に
抜粋
「論理的」を「読み手にとって記述に必要な要素が読み手の期待する順番に並んでいること」と定義する。
研究では、学校の作文に着目した。作文教育には、国家や社会の意思が反映され、人々に幼少期から刷り込まれるため、その国の文化や論理の基盤となっていると考えた。特徴的な作文教育をおこなうアメリカ、フランス、日本、イランの学校で現地調査をした。
アメリカの典型的な論理の型は、「5パラグラフ(段落)エッセー」。冒頭の段落で主張を挙げ、三つの理由と結論を述べる。ベトナム戦争から復員した若者が大学に殺到したことで、教員が効率的に採点できるこの形式が広がっていったという。
短時間で直線的に明確な主張を伝え、相手を説得することを目的としており、ビジネスなどの経済領域ではこのスタイルは有効だが、政治領域で重視される熟議による決定などには不向きだ。
フランス型は、政治領域に向いているという。自らの意見や一般的な見方に対して、それに反対する見解を十分に述べ、様々な可能性を慎重に吟味することを重視する。イラン型は、道徳的・宗教的に正しく、すでに決まっている結論へ向かうことが「論理的」とみなされるという。
では、日本型はどうか。こちらは他者への共感をベースにした論理の型で、より融和的な関係性や社会秩序が作られやすいという。作文教育では起承転結の感想文が中心で、感じたことや題材の出来事が自分をどう変化させたかに着目し、それを共有することで、他者の感じ方への理解を深める。
「AIや資本主義の論理が社会をおおう時代に、危機感もあいまって、人間としての思考や論理、社会の根本について目を向ける機運が高まっているのではないか」と語る。
本文
「日本人は非論理的」「論理的に話す訓練を」といった言説は、しばしば耳にする。だが、日本人は本当に非論理的なのか。そもそも「論理的」とは何か「論理的」とは 文化圏で異なる型 各国の作文教育を調査し、書籍に
■4カ国…物事の説明や論理構成、思考法に大差 経済・政治・社会…の領域、違いがそれぞれ強み
名古屋大学の渡邉雅子教授(社会学)が、各国の作文教育を調査し、岩波新書「論理的思考とは何か」にまとめた。昨年10月に発売され、6回の重版がかかって5万8千部に達するヒットとなっている。東京大、京都大の生協でも新書の売り上げで1位になるなど、若い世代が人気を下支えしている。
研究のきっかけは、渡邉さん自身が、アメリカの大学に留学した際に抱いた違和感だった。小論文を提出するとどんなに丁寧に書いても突き返された。ところが、主張を先に持ってきて、理由と結論を述べるアメリカ式の書き方の型にはめると評価は跳ね上がった。
人はどういうときに「論理的だ」と感じるのか。先行研究を踏まえ、渡邉さんは「論理的」を「読み手にとって記述に必要な要素が読み手の期待する順番に並んでいること」と定義する。
研究では、学校の作文に着目した。作文教育には、国家や社会の意思が反映され、人々に幼少期から刷り込まれるため、その国の文化や論理の基盤となっていると考えた。特徴的な作文教育をおこなうアメリカ、フランス、日本、イランの学校で現地調査をした。
「Aである」と「Aではない」が同時に成り立たないといった、最も基本的な原理は共有している。ただ、物事の説明や論理構成、思考法に大きな差がみられた。
アメリカの典型的な論理の型は、「5パラグラフ(段落)エッセー」。冒頭の段落で主張を挙げ、三つの理由と結論を述べる。ベトナム戦争から復員した若者が大学に殺到したことで、教員が効率的に採点できるこの形式が広がっていったという。
短時間で直線的に明確な主張を伝え、相手を説得することを目的としており、ビジネスなどの経済領域ではこのスタイルは有効だが、政治領域で重視される熟議による決定などには不向きだ。
フランス型は、政治領域に向いているという。自らの意見や一般的な見方に対して、それに反対する見解を十分に述べ、様々な可能性を慎重に吟味することを重視する。イラン型は、道徳的・宗教的に正しく、すでに決まっている結論へ向かうことが「論理的」とみなされるという。
では、日本型はどうか。こちらは他者への共感をベースにした論理の型で、より融和的な関係性や社会秩序が作られやすいという。作文教育では起承転結の感想文が中心で、感じたことや題材の出来事が自分をどう変化させたかに着目し、それを共有することで、他者の感じ方への理解を深める。
主張ありきで立証するアメリカ型と比べると、起承転結の「転」を持つ日本の型は、より柔軟に「想定外」を受け入れ、社会の調和をはかるのに適した論理の型だと位置づけられる。
日本のビジネス書などでは、結論へと直線的に向かうアメリカ型こそが、唯一の「論理的」な所作であるかのように推挙される。だが、渡邉さんは研究を通じて「グローバル市場を席巻するアメリカ型だけでなく、政治領域はフランス型、社会領域は日本型など、領域ごとに異なる論理がそれぞれ強みを持っているのが明確になった」と話す。
また、ビジネスや外交の場面で、世界に多元的な論理の型がある前提で動く必要がある、とも語る。「人間は自分の持つ常識に挑戦された時、それを非論理、非合理だと受け止め、考える前に怒りを感じてしまう。だが、それぞれの文化圏で自分たちと違う論理が存在することを理解するだけで、衝突を避けることに役立つのではないか」
最近の出版界では、この本の他にも、千葉雅也著「現代思想入門」、今井むつみ、秋田喜美著「言語の本質」など、人間の根源を問い直すような硬派な新書がヒットしている。
「論理的思考とは何か」を担当した岩波書店の編集者の島村典行さんは、そうした潮流について、「AIや資本主義の論理が社会をおおう時代に、危機感もあいまって、人間としての思考や論理、社会の根本について目を向ける機運が高まっているのではないか」と語る。(定塚遼)