新聞記事
(インタビュー)経済的平等への道筋は 仏経済学者、トマ・ピケティさん 朝日新聞8/19/2026
抜粋
「(途上国中心の)グローバル・サウスには、(先進国中心の)グローバル・ノースと同じ水準の繁栄を達成したいという正当な願望があります。世界不平等研究所の最近の報告書では、2100年までに各国・地域の1人あたりの(実質的な)国民総所得水準を完全に収斂(しゅうれん)させる目標を提唱しました。地球の温暖化や居住可能性を見すえ、いかに『繁栄の共有』を実現するか、が我々の問いです。実現には、世界的な不平等の縮小や脱炭素化に加え、成長分野を、物質集約型セクターから(教育や医療といった)非物質的セクターに移すことなどが必要です」
――具体的にどのように進めていくのでしょうか。
「提案しているのは、すべての国に公平な開発資金を提供する世界的な基金の設立です。(純資産に累進的にかける)富裕税や所得税を通じて各国の億万長者から集めたお金で、企業の株式を取得し、投資先や環境、労働の基準に影響を及ぼす仕組みです。教育や医療への支出の大幅な増額にも充てます」
本文
富める者に、より富が集中する構造を描き、世界的ベストセラーとなった「21世紀の資本」の刊行から10年あまり。不平等の是正に向けた世界の動きは鈍く、むしろ格差の拡大が指摘されている。それでもトマ・ピケティさんは「楽観している」という。社会正義の実現に向けて提唱する、新たな道筋とは。
――「21世紀の資本」を2013年に刊行して以降の世界の不平等を、どうみていますか。
「ある意味で悪化しています。特に、最上位層への富の集中が10年前より進んでいます。本の執筆当時、(米マイクロソフト創業者の)ビル・ゲイツ氏のような富裕層の資産は数百億ドル程度でした。今では(テスラ経営者の)イーロン・マスク氏のような『トリリオネア(兆万長者)』が現れています」
「私は『21世紀の資本』で、富裕層に富が集中するのは、(不動産や株式などの)資本収益率が経済成長率を上回るからだと指摘しました。実際、過去10~15年の富裕層の資産の増加は、世界の経済成長をはるかに上回っています」
――不平等を拡大させている要因は何でしょうか。
「一握りの層が富を握ると、力の集中につながり、さらなる富の集中を招きます。その根底には、政治的な影響力の不平等があります。つまり非常に裕福であれば、好条件の政府契約や自分に有利な税制を求める政治キャンペーンやロビー活動に、資金を提供できます。実際、億万長者たちは(資産や所得に対して)わずかな税金しか支払っておらず、莫大(ばくだい)な富を蓄積するのは容易になります」
――あなたが率いる世界不平等研究所の試算では、上位0・001%の人が持つ富は、世界人口の下位半数が持つ富の3倍にも上り、不平等は深刻です。
「億万長者たちが、持続可能な未来に向けた投資を正しく選択しているなら、そこまで悪いことではないかもしれません。しかし今日、(IT経営者ら)いわゆるテクノ億万長者や、米トランプ政権にみられる(自国が優位に立つための保護主義的な技術・産業政策を志向する)『テクノ・ナショナリスト』による開発モデルは、環境や社会の課題に応えていません。それはたとえば至る所にデータセンターを建設するもので、多くのエネルギーも必要とします」
「行き着くのは、世界というパイから自分たちの分け前を確保しようという考え方です。これには、他国や外国人に対する極めて過激な言説が伴います。貧しい人々への社会的配慮も、極めて乏しい。この搾取主義的なイデオロギーは機能しないでしょう。我々は別のモデルを考える必要があります」
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――どんな代替モデルを考えているのでしょうか。
「(途上国中心の)グローバル・サウスには、(先進国中心の)グローバル・ノースと同じ水準の繁栄を達成したいという正当な願望があります。世界不平等研究所の最近の報告書では、2100年までに各国・地域の1人あたりの(実質的な)国民総所得水準を完全に収斂(しゅうれん)させる目標を提唱しました。地球の温暖化や居住可能性を見すえ、いかに『繁栄の共有』を実現するか、が我々の問いです。実現には、世界的な不平等の縮小や脱炭素化に加え、成長分野を、物質集約型セクターから(教育や医療といった)非物質的セクターに移すことなどが必要です」
――具体的にどのように進めていくのでしょうか。
「提案しているのは、すべての国に公平な開発資金を提供する世界的な基金の設立です。(純資産に累進的にかける)富裕税や所得税を通じて各国の億万長者から集めたお金で、企業の株式を取得し、投資先や環境、労働の基準に影響を及ぼす仕組みです。教育や医療への支出の大幅な増額にも充てます」
「国際経済秩序の変革もカギになります。国際通貨基金(IMF)は、議決権が先進国に有利に配分されており『金権政治的』です。経済システムの主導権を取り戻す必要があります。私たちはIMFを『国連中央銀行』に改編し、新しい国際通貨を導入することを提唱します。ドルの代わりに、この通貨を貿易や国際金融取引に使うことで、(ドル覇権による)世界的な経済の不均衡に対処します」
――米国は、ドル覇権を手放しそうにありません。
「これは世界の国々だけでなく、米国にもよくありません。他の国々に準備通貨として使われることで、過大評価を招き、(ドル高によって)米国の貿易赤字を悪化させています。その赤字を減らすために、トランプ政権は軍事行動などを通じて他国の資源を搾取しようとしています。我々が提案する解決策がより平和的で効果的です」
――ただ、あなたが提案した、富の不平等の是正に向けた世界的な富裕税の導入も、依然として広がっていません。
「どの国でも、億万長者への課税には大きな民意の支持があります。私が『21世紀の資本』で世界的な富裕税を提案した際、同僚の多くは不可能だと言っていました。しかし、24年の主要20カ国・地域(G20)首脳会議では、富裕税が公式に議論されるに至りました。国際金融システム改革についても、アフリカやインドなどから要望が寄せられています。世界経済におけるグローバル・サウスのシェアが上がり続ければ、ある時点で、西側諸国は圧力に抵抗することは不可能になるでしょう」
「情勢は急速に変化しており、西側諸国にとっては難しい局面です。富の共有を拒否すれば、中国やロシアが率いる他の同盟ができ、別のシステムが作られるリスクがあります。今こそ、より包摂的で民主的な国際機関を構築すべき時です」
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――日本の不平等是正の取り組みをどうみていますか。
「日本では第2次世界大戦後、多くの欧州諸国と同様に、不平等が大幅に縮小しました。それは戦争による破壊も一因でしたが、土地改革や税制改革、社会保障制度などの前向きな変化があったためです。日本は、この方向を長期的に維持し続けなければなりません。世界的な改革の論議に参加し、より持続可能で平等な開発モデルの構築に貢献してほしいです」
――気候変動対策に後ろ向きなトランプ政権をはじめ、自国第一主義が台頭し、国際協調は難しくなっています。
「『テクノ・ナショナリズム』の台頭には、代わりとなるイデオロギーや開発モデルの欠如が大きく起因しています。気候変動の議論において、不平等の問題を適切に考慮してこなかったためです」
――どういうことですか。
「『階級なきエコロジー』という幻想です。つまり、気候変動対策に取り組み、グリーン成長によって『パイ』を拡大し続けていれば、不平等や分配に配慮する必要はないという考え方です。それこそが、低・中所得者層にグリーン政策を不人気なものにしてしまった要因です」
「フランスで(18年から)起きた燃料税の増税方針と、それに反対する反政府デモ『黄色いベスト運動』は、その極端な風刺画のようなものです。マクロン大統領が約束した燃料税(の増税)の大部分は、仕事に車を使わざるを得ない低・中所得者層に課され、週末に遊びにいくための航空機の燃料は対象外でした。増税による税収も、上位1%を対象とした富裕税の廃止分にあてようとしました」
「世界的にも、貧困層や中産階級に極めて不利なグリーン政策が多く存在します。『気候変動など忘れてしまえ』というテクノ・ナショナリズム的な主張への支持を高めたと考えます」
――どう変えていけば。
「グリーン政策を検討する際は、不平等の問題を中心に据える必要があります。生産技術の選択に最大の責任を負っているのは、投資の流れを支配している富裕層です。より大きな責任を負う者に、より多くの課税負担を求める必要があります」
――あなたは14年の朝日新聞のインタビューでは、将来を「悲観していない」と語っていました。見方に変化は。
「私は今でも楽観的です。長期的に、民主化や平等、正義を求める社会的な需要が存在することを強調したいと思います。その需要は極めて強く、あらがうことは不可能です。フランスでは18世紀後半の革命で、貴族の特権が終わりました。19世紀の労働運動、20世紀の脱植民地化や社会保障制度の確立を経て、近年もグローバル・サウスから生まれた経済的平等を求める運動が伸展を遂げています」
「世界レベルでも、より多くの平等と尊厳、権利を求める長期にわたる運動は、決して止まることはないと考えます。世界レベルでより多くの正義を実現するために動こうとする、民主的な多数派は存在します。だからこそ楽観しているのです」(聞き手・寺西和男)
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Thomas Piketty 1971年生まれ。パリ経済学校教授。不平等の分析や、経済正義を実現するための公共政策の研究を進める「世界不平等研究所」の共同ディレクターも務める。












