朝日新聞に久々オーサービジットが掲載されました。(3月31日付) 転載させていただきます。
(オーサー・ビジット 作家が教室へ!)感じる心、育んで未来へ
■オーサー・ビジット
人気の本の著者が、各地の学校を訪ねて特別授業をする読書推進事業「オーサー・ビジット」(朝日新聞社主催)。作家・今村翔吾さん、ジャーナリスト・堤未果さん、教育評論家・尾木直樹さんの授業の模様をお伝えします。読書のメリットやスマホの功罪、学校での人間関係などについて、児童・生徒と考えを深めました。
リポート執筆はライター・中津海麻子さん。尾木さんの授業はベルマーク教育助成財団との共催です。
■夢追って、人生おもしろく 作家・今村翔吾さん@山口市立大殿中
「『若者の本離れ』とか、よく言われへん?」
生徒たちにそう問いかけた今村翔吾さん。実はこの10年、学校の朝読書の取り組みなどもあり、生徒の親世代よりもむしろ読書率は上がっている。ただ、「19歳と23歳、ピンポイントで本を読まなくなる」という。就職やバイト、遊びで忙しく読書の時間がなくなるからと推察。「本との出会いはタイミングがある。ただ、若ければ若いほどおトクが多い」と今村さん。
ちょうど授業の前日、芥川賞の発表があり、『東京都同情塔』で受賞した九段理恵さんが執筆に一部AIを活用したことが話題に。「AIが普及する中でこれまで以上に『感じる心』が貴重な時代になっていくと思う」と今村さん。
「感じる心」を磨くために映画やテレビ、動画配信を見るのもいい。でも「『ながら見』ってできるけど『ながら読み』ってムズくない?」。本を読む時間は本だけに向き合うという点でぜいたく。その上、好きな箇所や気になる部分を何度も読み返したり、一気に読破したり。「本と向き合い対話することが考える力や感じる心を育む。これも本の読むおトクなことの一つ」と今村さん。
後半は、30歳から一念発起し、直木賞作家になる夢を実現した自身の経験を語った。「夢は必ずしもかなうものではないと言う大人は多いし、みんなも薄々わかっていると思う。でも」。今村さんは言葉をつなぐ。「だからこそオレは言い続けたい。君らに目指している夢があるんやったらきっとかなう、と。夢は変わってもいい。夢を追って努力し人と出会い縁を結んでいくことは、人生をおもしろくしてくれるから」
<授業を終えて>
伊藤雅斗さん「夢はきっかけが訪れたときに気づき、つかみ、努力を積み重ねてかなえていく……という話がとても印象的でした」
細川将仁さん「書店で今村さんの作品に一目ぼれしてからのファンです。夢はあきらめなければかなうと信じ経験を積んでいきたい」
◇
今村さん「教室の教壇から話したのは実は初体験。本のこと、夢の話……。みんなが食いついてくる温度感がめちゃくちゃ楽しかった」
- 山口市古熊、全校274人。授業を受けたのは1年3組の33人(1月実施)。
◆今村翔吾さんの本
★『戦国武将を推理する』 NHK出版新書・1188円
★『茜唄』 角川春樹事務所・上下各1980円
■頭で問い直し、判断して ジャーナリスト・堤未果さん@埼玉県立久喜北陽高校
生徒たちを前に堤未果さんは、著書のテーマでもある「ショック・ドクトリン」について解説を始めた。テロやパンデミックや大震災など、ショッキングな事件や災害が起きて人々がある種の興奮状態にあるとき、普段なら受け入れないような法律や法案がいつの間にか通っていることがある。「国や政府などが『火事場泥棒』のようなことをする、それがショック・ドクトリンです」
堤さんはアメリカ同時多発テロをニューヨークで経験した。勤めていた証券会社は世界貿易センタービルの隣。自身も命からがら逃げ延びた。しかし、「本当に恐ろしいことは翌朝から起きた。『正義と悪との戦い』が始まったのです」
メディアがこぞって「犯人はイスラム教徒」と報じ、国民から恐怖と怒りの感情が噴き出した。そして多額の軍事費が議会を通り、スーパーや教室まで街中に監視カメラが設置された。「人々がショックで思考停止している間に、ショック・ドクトリンは選択の余地も考える間も与えずに一気に進められる。気づいたときには国や政府にだまされている」
ショック・ドクトリンを助長するのがスマホだ。検索や閲覧を繰り返すうちに自分と異なる意見が表示されなくなり、結果だまされやすくなるという。堤さんは「人は情報に触れたとき、過去の経験からくる思い込みを通して反応する。この思い込みの積み重ねを、自分の頭で問い直し、フィルターを一枚一枚はがしていく。すると冷静になれる」と話し、こんなメッセージを送った。
「自分の頭で考え、自分の意志で生きている人はだまされない。幸せに生きていけます」
<授業を終えて>
片平由良(ゆら)さん「9・11のあとの『本当に恐ろしいこと』の話が怖かった。自分の頭で判断することの大切さを知りました」
海老原楽(がく)さん「コロナ禍のときなどメディアの情報を鵜呑(うの)みにしてきたことに気付かされました。フィルターをはがし自分で考えたい」
◇
堤さん「私が何かを教えるというより、考えや思いをみんなと共有、交換できた。とても一体感のあるすてきな授業でした」
- 埼玉県久喜市久喜本、全校917人。授業を受けたのは2年生16人(2月実施)。
◆堤未果さんの本
★『堤未果のショック・ドクトリン』 幻冬舎新書・1034円
★『社会の真実の見つけかた』 岩波ジュニア新書・1034円
★『ルポ 食が壊れる 私たちは何を食べさせられるのか?』 文春新書・990円
■自分のこと、好きですか? 教育評論家・尾木直樹さん@高岡市立横田小(富山)
授業に先立ち、5、6年生は尾木直樹さんからのアンケートに回答していた。問いの一つは学校統合について。横田小は3月で創立149年の歴史に幕を下ろし、市内の2校と統合される。回答は半数以上が「いいことだと思う」。尾木さんは「『新しい友達ができるから』と積極的な意見が多かった。前向きでとてもいいことね」とニッコリ。「でも、『よくないことだと思う、寂しいから』と答えた人も。そういう子がいると知ることも大事なの。いろんな意見を出し合いながら新しい学校作りを進めてほしい」
次の設問は「自分のことが好きですか?」。尾木さんは「自分を好き、他人から必要とされていると思えることを『自己肯定感』と言います」と解説。国際的な調査で日本はどの世代でも自己肯定感が低く、調査国の中で最下位だったという。
回答では「好き」「どちらかというと好き」な生徒がわずかに上回る結果に。尾木さんが注目したのは、「いじめられる自分が好きになれない」「周りから冷たくされると『自分が悪い』と思い、嫌いになってしまう」という意見。「そう思ってしまうのはすごくよくわかる。でもいじめられる側が悪いなんてことは、100%、いえ、200%ないの」
保護者や教員など会場の大人たちにも呼びかけた。「自分のことが好きと思えることは人生においてとても大事。誰かに愛されている、必要とされていると感じると自己肯定感は上がります。親御さんはギュッと抱きしめてあげる、先生たちは子どもたちに分け隔てなく触れ合うなど、子どもたちが『自分は大切にされている』と思えるように向き合ってあげて」
<授業を終えて>
今井心偉(るい)さん(4年)「色んなことについて『自分はどうやろ?』と見つめ直すきっかけに。新しい学校では自分から声をかけていきたい」
米谷華乃(かの)さん(3年)「日本人が自分を好きじゃないというお話に、何かうまくいかないとそう感じることはあるかもと思いました」
◇
尾木さん「学校統合への不安と期待、大人に求めること、いじめ……。子どもたちの本音にたくさん触れることができた貴重な機会でした」
◆尾木直樹さんの本
★『尾木ママのQ&A「子育て・教育」ホントのところ』 第三文明社・1320円
★『学習まんが小学生日記 尾木ママと考える!ぼくらの新道徳1 いじめのこと』 小学館・1100円
★『学習まんが小学生日記 尾木ママと考える!ぼくらの新道徳2 友達のこと』 小学館・1100円)
◇ご意見・ご感想は、〒104・8011(住所不要)朝日新聞文化部内 読書推進事務局まで。メールはdokusho-ouen@asahi.comへ。本の情報サイト「好書好日」(https://book.asahi.com/)で各授業の様子をより詳しく紹介しています。
◇2024年度のオーサーは池上彰、今村翔吾、藤岡陽子、宮西達也の4氏。募集要項は5月上旬、朝刊紙面や「好書好日」で掲載予定です。